歌謡曲『野崎小唄』や清元『お染久松』で知られるお染と久松の心中事件を戯曲化した作品。もっとも有名なのは『野崎村の段』だが、これは作者・近松半二の創作だと云われている。
とにかく魅力的なのが野崎村の段のお光。仄かに恋焦がれていた義兄・久松と結婚できると聞いた時の喜び、その1時間後に一転、身を引こうと決意する優しさ、なにより久松を見送った後の慟哭。
あまりに一途で純真な心根は見る者の胸を熱くする。都会のお嬢様育ちのお染と、田舎で父母を手伝いながら健気に生きてきたお光との対比も印象深い。
歌舞伎の『新版歌祭文』も素晴らしいが、文楽=人形浄瑠璃も素晴らしい。また『野崎村の段』だけでなく全段通しで上演されることがあるのも文楽版の特徴である。ぜひ文楽版『新版歌祭文』を
お楽しみください。全320分収録。
封入解説書つき / 日本語字幕・英語字幕つき
- 【太夫と三味線】竹本住大夫、竹本織大夫、竹本伊達大夫、鶴澤清友、鶴澤清介、野澤錦糸
- 【人形遣い】初代・吉田玉男、吉田文雀 ほか
新版歌祭文・座摩社の段
裕福な商家の娘・お染と丁稚の久松は身分違いの恋に落ちていた。元々侍の出の久松だが、幼少時に、主家の家宝・吉光の刀を紛失した罪で父が切腹。乳母の兄である久作の元で農家の息子として育てられた。
一方、お染もすでに山家屋佐四郎という許嫁がいた。二人の恋は認められるはずもない秘密の恋だった。ある時、久松は下男の小助を連れ、集金に行くが、
途中、座摩社の辺りで小助は腹が痛いと立ち止まってしまう。仕方なく一人で集金に向かう久松。実は小助、金に目がない悪党で、勘六、鈴木弥忠太ら仲間を呼び集め、何やら相談を始める。
やがて集金から戻ってきた久松は待ち合わせしたお染とひと時の逢瀬を楽しむが、突如、大喧嘩が巻き起こり、久松は集金してきた金を掏り取られてしまう・・・そして・・・。(41分)
新版歌祭文・野崎村の段
座摩社の一件で、横領の疑いをかけられた久松はいったん実家に帰されることになる。お染とのことも噂になり、義父の久作は久松に身を固めさせようと考える。もともと久作には実の娘お光がおり、
二人を娶せたいと考えていたのだ。兄と呼びながらも久松を慕っていたお光は、うれしくて仕方がない。そこに久松が追ってきたお染が現れる。二人の会話を聞いてしまったお光は、すでにお染が
久松の子を宿していること、二人の恋が微動だにしないことを知る。嫉妬しつつも久松も幸せを願うお光。やがて疑惑が晴れ、久松を連れ戻すため迎えのものがやってくる。お光は髪をそり尼の姿で
久松を見送るが、姿が見えなくなるとともに泣き崩れるのだった・・・。(109分)
新版歌祭文・長町の段
往来で乳母のお庄とばったり出会った久松。お庄は久松にお家再興がかなうかもしれないと語る。盗まれた吉光の刀の行く先がわかったのだ。吉光の刀は、同時期に出奔した鈴木弥忠太が盗み出し、
山家屋佐四郎の元へ質入れしたという。すでに質から受けだす金も用意したというお庄。喜んだ久松は、何かの足しにと懐から幾ばくかの金子を出そうとするが、その時誤って、お染との末を誓い合った起請文を
お庄に見られてしまう。お庄は大事なものだからその起請文を預かるのだが、弥忠太に奪い取られてしまうのだった。(25分)
新版歌祭文・油屋の段
大晦日の晩、山家屋佐四郎が油屋を訪れ、お染の母・お勝にお染と結婚できないなら、結納金と刀を返せと詰め寄ります。しかし結納金はすでに小助が盗み出し、勘六の飯鉢の中に隠していました。
困り果てるお勝たち。さらに鈴木弥忠太も起請文を持って強請に現れます。お庄はお家再興の蓄財を使い、起請文を買い取ることを決意しますが、久松の父の忠臣で殉死した夫・三平の無念や自分の苦労、お家再興の願いが
久松の恋ゆえに無になってしまう、と恨みを述べます。
ところがそのとき、意外にも勘六が弥忠太の起請文を奪い取り、破り捨てます。飯鉢の中の結納金もたたき返したのです。実は勘六はお庄と三平の子。14歳で勘当された後、父の死を知り、
せめての供養にとお家再興を志し、悪事も辞さず軍資金づくりをしていたのです。まさかその悪事が、主筋の忘れ形見・久松を苦しめることになっていたとは・・・。後悔の中、もう一つの真実も明らかになるのです。(75分)
新版歌祭文・蔵場の段
お染の母・お勝が山家屋佐四郎から譲り受けた刀は吉光の刀だった。久松の出自を知り、お家再興に力を貸したいと考えていたのだ。お家が再興すれば久松は武士の子。お染には
あきらめて山家屋佐四郎に嫁入りしてほしいとお勝はいう。お染は母の心を思い承諾するが、久松と添い遂げられないならばこの世に未練はなかった。久松もまた死を選ぼうとしていた。
お勝から手渡された刀は偽物だったのだ。勘六が弥忠太から本物の吉光の刀を取り返そうと争う中、久松とお染は来世は必ず夫婦になろうと誓いあい、自らの命を絶つのだった。
勘六が本物の吉光の刀を手に駆けつけてきたとき、除夜の鐘の音だけが鳴り響き、新しい年が始まろうとしていた。(18分)
特典映像
新版歌祭文・野崎村の段 昭和31年版
文楽が二派に分裂した時期に、東京三越劇場で行われた合同公演の様子を収録。演奏は因会、人形遣いは三和会が担当している。